平和学習


5月28日(金)
青崎に住んでおられた、被爆体験者の方のお話を聞きました。
戦争中から原爆投下後の小学生の子ども達の生活について
様子をくわしく聞かせていただきました。
青崎の子どもたちは、庄原に疎開したのだそうです。

感想文より

『庄原に行く時に、「お母さんに会いたい。」とずっと思って泣いている
気持ちがすごく伝わりました。なぜなら、今までになかったつらさを味
わっているのだから、とても心が折れそうでくじけそうになる
のだと感じたからです。』

『毎日、みんなといっしょにいて、お母さんとは会えないということは、
考えようとしても考えられないくらいとてもさみしいことと思いました。
もうそんな戦争はないように、私は、自分のことだけを考えるんじゃなくて、
自分の周りの友達のこともしっかりと考えなくてはいけないと思いました。』

『戦争中は、どんなに悲しくても声をあげて泣いてはいけないと聞いて、
とてもつらいと思いました。集団疎開では、みんなつらく悲しい思いをして
いたんだと思うと、いつも家に帰って家族と会えるのはとても幸せだなと
改めて感じました。』

6月12日(金)
平和公園に出かけ、碑めぐりウォークラリーと平和の集いをしました。
午前中は、各クラス8グループに分かれ、おうちの方の協力も得て
全部で14の碑をめぐりました。
平和の集いでは、平和のちかいを述べ、「ヒロシマの子どもさ」を歌いました。
午後からは、広島平和記念資料館で、原爆のことについて学び、
悲惨な当時の様子を見て回りました。
一人ひとりが平和への思いや願いを強めた1日になりました。

被爆アオギリ
爆心地から
1.5km離れたところで
被爆したアオギリです。
全部で3本あります。
青崎小学校にも、
このアオギリの子どもが
大きく育っています。
原爆慰霊碑
毎年8月6日、この慰霊碑の前で、
平和記念式典が行われます。
原子爆弾が原因で亡くなり、
名前がわかっている人の名簿が
納められています。
原爆の子の像の前では、
全国から来た学校の人たちが、
平和を祈る集いをしています。
原爆の子の像
2歳の時に被爆し、12歳の時に、原爆性白血病で亡くなった、佐々木禎子さんの同級生の呼びかけで建てられた碑です。
私たちも、その碑の前で
平和の集いをしました。
私たち5年生と、その家族で折った
折りづるをささげました。
私たちの平和への思いが
世界中に広がるといいです。


7月1日(水)
全校で、平和集会を開きました。
私たち5年生は、6月12日の平和の集いで述べた
「平和の誓い」を発表し、「ヒロシマの子どもさ」を歌いました。

10月の野外活動では、似島で戦争と平和について学んでくる予定です。